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「思い踏みにじられた」 神戸連続児童殺傷事件の遺族、土師守さん 「元少年A」の手記出版中止を求める

平成9年に神戸市須磨区で発生した連続児童殺傷事件で、当時14歳だった加害男性(32)が手記を出版したことをめぐり、殺害された土師淳君=当時(11)=の父、守さんは10日、代理人弁護士を通じ、「私たちの思いは無視され、踏みにじられた」とするコメントを公表し、出版の中止と本の回収を求めた。

 守さんは「何故、このように更に私たちを苦しめることをしようとするのか、全く理解できない。遺族に対して悪いことをしたという気持ちが無いことが、今回の件で良く理解できた」としている。

 全文は次の通り(原文のまま)。

 「加害男性が手記を出すと言うことは、本日の報道で知りました。

 彼に大事な子供の命を奪われた遺族としては、以前から、彼がメディアに出すようなことはしてほしくないと伝えていましたが、私たちの思いは完全に無視されてしまいました。何故、このように更に私たちを苦しめることをしようとするのか、全く理解できません。

 先月、送られてきた彼からの手紙を読んで、彼なりに分析した結果を綴ってもらえたことで、私たちとしては、これ以上はもういいのではないかと考えていました。

 しかし、今回の手記出版は、そのような私たちの思いを踏みにじるものでした。結局、文字だけの謝罪であり、遺族に対して悪いことをしたという気持ちが無いことが、今回の件で良く理解できました。

 もし、少しでも遺族に対して悪いことをしたという気持ちがあるのなら、今すぐに、出版を中止し、本を回収して欲しいと思っています。

 平成27年6月10日

        土師守」

引用 http://www.sankei.com/west/news/150610/wst1506100047-n1.html

太田出版とは

株式会社太田出版(おおたしゅっぱん)は、日本の出版社。

1985年、お笑い系芸能事務所、太田プロダクション出版部から、有限会社太田出版として独立。後に株式会社になる。
元々、太田プロに所属していたビートたけし(後に独立、オフィス北野)の本を出版するための会社で「トンネル会社」とネタにされていたが、現在はサブカルチャー系の書籍を中心に出版している。『完全自殺マニュアル』『バトル・ロワイアル』など、社会的問題作となった書籍も多い。

商号
株式会社 太田出版(OHTA PUBLISHING COMPANY)
設立
1985年11月25日
本社所在地
〒160‐8571 東京都新宿区愛住町22 第3山田ビル4F
代表者
代表取締役社長 岡 聡
資本金
24,000千円
売上高
989,389千円(2012.10~2013.9)
事業内容
書籍・雑誌・電子書籍の発行及び販売業務
社員数
23名(2014年6月現在)
役員
代表取締役社長 岡 聡
取締役 落合 美砂
取締役 橋本 俊彦
取締役 磯野 久美子
監査役 周防 正行
組織
営業部 営業部長 田中 太
広告部長 北尾 修一
編集部 発行人 赤井 茂樹
発行人 穂原 俊二
『クイック・ジャパン』編集長 藤井 直樹
『atプラス』編集長 落合 美砂
『ケトル』編集長 嶋 浩一郎
「ぽこぽこ」発行人 岡 聡
電話
代表 03-3359-6262
編集 03-3359-6281
FAX
03-3359-0040

少年A 神戸連続児童殺傷事件加害者の手記「絶歌」のあとがきに怒りに震えた

「絶歌」でわかったこと

・少年Aは二人を殺害しながら少年法の壁により行政からは罰らしい罰は結局受けていないこと
・少年Aが罰を受けたと信じたいならば、それは彼のこの一方的な独白を信じるしかないこと
・結局仕事が長続きせず職場を転々としていること
・本人が苦労したと言い張っていることは、仕事をしている人間だったら日々当たり前に感じていることに過ぎないこと

あまりにもポエムな内容に呆れ果てました。あとがきには正直怒りに震えました。あとがき全文を引用します。彼が神戸新聞社に宛てた手紙に倣って赤い文字にしましょう。漢字とひらがなの使い分け、句読点、改行、段落は原文に忠実にしました。原文は縦書でルビが振ってある部分があるのですが、そこはご容赦ください。

被害者の家族の皆様へ

まず、皆様に無断でこのような本を出版することになったことを、深くお詫び申し上げます。本当に申し訳ありません。どのようなご批判も、甘んじて受ける覚悟です。
 何を書いても言い訳になってしましますが、僕がどうしてもこの本を書かざるを得なくなった理由について、正直にお話させていただきたく思います。
二〇〇四年三月十日。少年院を仮退院してからこれまでの十一年間、僕は、必死になって、地べたを這いずり、のたうちまわりながら、自らが犯した罪を背負って生きられる自分の居場所を、探し求め続けてきました。人並みに社会の矛盾にもぶつかり、理不尽な目にも遭い、悔しい思いもし、そのたびに打ちひしがれ、落ち込み、何もかもが嫌になってしまったこともありました。ぎりぎりのところで、いつも周囲の人に助けられながら、やっとの思いで、曲がりなりにもなんとか社会生活を送り続けることができました。しかし、申し訳ありません。僕には、罪を背負いながら、毎日人と顔を合わせ、関わりを持ち、それでもちゃんと自分を見失うことがなく、心のバランスを保ち、社会の中で人並みに生活していくことができませんでした。周りの人たちと同じようにやっていく力が、僕にはありませんでした。「力がありませんでした」で済まされる問題でないことは、重々承知しております。それでも、もうこの本を書く以外に、この社会の中で、罪を背負って生きられる居場所を、僕はとうとう見つけることができませんでした。許されないと思います。理由になどなっていないと思います。本当に申し訳ありません。
 僕にはもう、失うものなど何もないのだと思っていました。それだけを自分の強みのように捉え、傲慢にも、自分はひとりで生きているものだと思い込んだ時期もありました。でもそれは、大きな間違いでした。こんな自分にも、失いたくない大切な人が大勢いました。その人が泣けば自分も悲しくなり、その人が笑えば自分も嬉しくなる。そんなかけがえのない、失いたくない、大切な人たちの存在が、今の自分を作り、生かしてくれているのだということに気付かされました。
 僕にとっての大切な、かけがえのない人たちと同じように、僕が命を奪ってしまった淳君や彩花さんも、皆様にとってのかけがえのない、取替えのきかない、大切な、本当に大切な存在であったということを、自分が、どれだけ大切なかけがえのない存在を、皆様から奪ってしまったのかを、思い知るようになりました。自分は、決して許されないことをしたのだ。取り返しのつかないことをしたのだ。それを理屈ではなく、重く、どこまでも明確な、容赦のない事実として、痛みを伴って感じるようになりました。
 僕はこれまで様々な仕事に就き、なりふりかまわず必死に働いてきました。職場で一緒に仕事をした人たちも、皆なりふりかまわず、必死に働いていました。
 病気の奥さんの治療費を稼ぐために、自分の体調を崩してまで、毎日夜遅くまで残業していた人。
 仕事がなかなか覚えられず、毎日怒鳴り散らされながら、必死にメモをとり、休み時間を削って覚える努力をしていた人。
 積み上げた資材が崩れ落ち、その傍で作業をしていた仲間を庇って、代わりに大怪我を負った人。
 懸命な彼らの姿は、僕にとても輝いて見えました。誰もが皆、必死に生きていました。ひとりひとり、苦しみや悲しみがあり、人間としての営みや幸せがあり、守るべきものがあり、傷だらけになりながら、泥まみれになりながら、汗を流し、二度と繰り返されることのない今この瞬間の生の重みを噛みしめて、精一杯に生きていました。彼らは、自分自身の生の重みを受け止め、大事にするのと同じように、他人である僕の生の重みまでも、受け止め、大事にしてくれました。
 事件当時の僕は、自分や他人が生きていることも、死んでいくことも、「生きる」、「死ぬ」という、匂いも感触もない言葉として、記号として、どこかバーチャルなものとして認識していたように思います。しかし、人間が「生きる」ということは、決して無味無臭の「言葉」や「記号」などでなく、見ることも、嗅ぐことも、触ることもできる、温かく、柔らかく、優しく、尊く、気高く、美しく、絶対に傷つけてはならない、かけがえのない、この上なく愛おしいものなのだと、実社会の生活で経験したさまざまな痛みをとおして、肌に直接触れるように感じ取るようになりました。人と関わり、触れ合う中で、「生きている」というのは、もうそれだけで、他の何ものにも替えがたい奇跡であると実感するようになりました。
 自分は生きている。
 その事実にただただ感謝する時、自分がかつて、淳君や彩花さんから「生きる」を奪ってしまったという事実に、打ちのめされます。自分自身が「生きたい」と願うようになって初めて、僕は人が「生きる」ことの素晴らしさ、命の重みを、皮膚感覚で理解し始めました。そうして、淳君や彩花さんがどれほど「生きたい」と願っていたか、どれほど悔しい思いをされたのかを、深く考えるようになりました。
 二人の命を奪っておきながら、「生きたい」などと口にすること自体、言語道断だと思います。頭ではそれを理解していても、自分には生きる資格がないと自覚すればするほど、自分が死に値する人間であると実感すればするほど、どうしようもなく、もうどうしようもなく、自分でも嫌になるくらい、「生きたい」、「生きさせて欲しい」と願ってしまうのです。みっともなく、厭ったらしく、「生」を渇望してしまうのです。どんなに惨めな状況にあっても、とにかく、ただ生きて、呼吸していたいと願う自分がいるのです。僕は今頃になって、「生きる」ことを愛してしまいました。どうして事件を起こす前にこういった感覚を持つことができなかったのか、それが自分自身、情けなくて、歯痒くて、悔しくて悔しくてたまりません。淳君や彩花さん、ご家族の皆様に、とても合わせる顔がありません。本当に申し訳ございません。
 生きることは尊い。
 生命は無条件に尊い。
 そんな大切なことに、多くの人が普通に感じられていることに、なぜ自分は、もと早くに気付けなかったのか。それに気付けていれば、あのような事件を起こさずに済んだはずです。取り返しのつかない、最悪の事態を引き起こしてしまうまで、どうして自分は、気付けなかったのか。事件を起こすずっと前から、自分が見ない振りをしてきたことの中に、それに気付くことのできるチャンスはたくさんあったのではないだろうか。自分にそれを気付かせようとした人も大勢いたのではないだろうか。そのことを、考え続けました。
今さら何を言っても、何を考えても、どんなに後悔しても、反省しても、遅すぎると思います。僕は本当に取り返しのつかない、決して許されないことをしてしまいました。その上このような本を書くなど、皆様からしてみれば、怒り心頭であると思います。
 この十一年間、沈黙が僕の言葉であり、虚像が僕の実体でした。僕はひたすら声を押しころし生きてきました。それはすべてが自業自得であり、それに対して「辛い」、「苦しい」と口にすることは、僕には許されないと思います。でもぼくはそれに耐えられなくなってしまいました。自分の言葉で、自分想いを語りたい。自分の生の軌跡を形にして遺したい。朝から晩まで、何をしている時でも、もうそれしか考えられなくなりました。そうしないことには、精神が崩壊しそうでした。自分の過去と対峙し、切り結び、それを書くことが、僕に残された唯一の自己救済であり、たったひとつの「生きる道」でした。僕にはこの本を書く以外に、もう自分の生を掴み取る手段がありませんでした。
 本を書けば、皆様をさらに傷つけ苦しめることになってしまう。それをわかっていながら、どうしても、どうしても書かずにいられませんでした。あまりにも身勝手過ぎると思います。本当に申し訳ありません。せめて、この本の中に「なぜ」にお答えできている部分が、たとえほんの一行であってくれればと願ってやみません。土師淳君、山下彩花さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
本当に申し訳ありませんでした。

元少年A
一九八二年 神戸市生まれ
一九九七年 神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)を起こし医療少年院に収容される
二〇〇四年 社会復帰

引用 ソーシャルレンディング赤裸々日記
http://quadstormferret.blog.fc2.com/

神戸連続児童殺傷事件とは

神戸連続児童殺傷事件(こうべれんぞくじどうさっしょうじけん)とは、1997年(平成9年)に兵庫県神戸市須磨区で発生した当時14歳の中学生(以下「少年」と表記)による連続殺傷事件。別名『酒鬼薔薇事件』『酒鬼薔薇聖斗事件』とも呼ばれる。この事件で、2名が死亡し、3名が重軽傷を負った。

概要

数ヶ月にわたり、複数の小学生が殺傷された事件である。通り魔的犯行や遺体の損壊が伴った点、特に被害者の頭部が「声明文」とともに中学校の正門前に置かれた点、地元新聞社に「挑戦状」が郵送された点など、強い暴力性が伴なう特異な事件であった。また、犯人がいわゆる「普通の中学生」であった点も社会に衝撃を与えた。
兵庫県警察は聞き込み捜査の結果、少年が動物虐待行為をたびたびおこなっていたという情報や、被害者男児と顔見知りである点などから、比較的早期から彼に対する嫌疑を深めていたが、対象が中学生であるため、極めて慎重に捜査は進められた。

引用http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E6%88%B8%E9%80%A3%E7%B6%9A%E5%85%90%E7%AB%A5%E6%AE%BA%E5%82%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6

「少年A」手記を出版 神戸連続児童殺傷事件 – ハフィントンポスト


ハフィントンポスト

「少年A」手記を出版 神戸連続児童殺傷事件
ハフィントンポスト
1997年に神戸市須磨区で起きた連続児童殺傷事件の加害男性(32)が、「元少年A」の名で手記「絶歌」(太田出版)を出す。犯行に至った経緯や事件後の生活、現在の心境などをつづっている。早ければ10日から書店に並ぶ。 太田出版の岡聡社長は「少年犯罪が社会を驚愕( …
神戸事件・加害男性が手記 連続児童殺傷の元少年 性的な衝動を告白、仮退院後は日雇いアルバイトと記述産経ニュース
神戸連続児童殺傷 「出版動機知りたい」彩花ちゃんの母コメント全文神戸新聞
神戸連続児童殺傷事件から18年…酒鬼薔薇聖斗が「自己救済」手記スポーツニッポン
スポーツ報知毎日新聞
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「思い踏みにじられた」 神戸連続児童殺傷事件の遺族、土師守さん 「元少年A」の手記出版中止を求める – 産経ニュース


神戸新聞

「思い踏みにじられた」 神戸連続児童殺傷事件の遺族、土師守さん 「元少年A」の手記出版中止を求める
産経ニュース
平成9年に神戸市須磨区で発生した連続児童殺傷事件で、当時14歳だった加害男性(32)が手記を出版したことをめぐり、殺害された土師淳君=当時(11)=の父、守さんは10日、代理人弁護士を通じ、「私たちの思いは無視され、踏みにじられた」とするコメントを公表し、出版の …
神戸連続児童殺傷事件、遺族のコメント全文北海道新聞
加害男性の手記「今すぐ出版中止を」土師さん 神戸連続殺傷事件神戸新聞

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神戸連続児童殺傷:「遺族の思い無視」加害男性が手記出版 – 毎日新聞


毎日新聞

神戸連続児童殺傷:「遺族の思い無視」加害男性が手記出版
毎日新聞
神戸市で1997年に起きた連続児童殺傷事件、加害男性の手記出版に対し、被害者の土師(はせ)淳君(当時11歳)の父守さん(59)がコメントを出し、「私たちの思いを踏みにじるもの。もし少しでも遺族に対して悪いことをしたという気持ちがあるのなら、今すぐに、出版を中止し、 …

文藝春秋に抗議、神戸連続児童殺傷事件の家裁決定全文掲載で滋賀弁護士会 – 産経ニュース

文藝春秋に抗議、神戸連続児童殺傷事件の家裁決定全文掲載で滋賀弁護士会
産経ニュース
神戸市で1997年に起きた連続児童殺傷事件の少年審判の決定全文が月刊誌「文芸春秋」に掲載されたことについて、滋賀弁護士会の中原淳一会長は19日、「被害者遺族に苦痛を与え、さらなる被害を生む」などと抗議する声明を発行元の文芸春秋に送付した。 声明は、決定 …

神戸事件手記、加害男性持ちかけ 「伝える意味ある」と版元(共同通信)
神戸連続児童殺傷事件、元少年が手記出版(朝日新聞)
加害男性の手記「出版中止を」 神戸児童殺傷事件の遺族(朝日新聞)
絶歌 – 元少年A(太田出版)
神戸事件、遺族のコメント全文(共同通信) 
神戸連続児童殺傷:遺族のコメント全文(毎日新聞)

酒鬼薔薇聖斗逮捕時警察署前中継

加害男性の手記で遺族の土師さん神戸連続殺傷事件出版中止求める
神戸市須磨区で1997年に起きた連続児童殺傷事件で、加害男性(32)が手記を出す­ことを受け、小学6年の土師淳君=当時(11)=を殺害された父親の守さん(59)が­コメントを出した




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